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2026年3月24日火曜日

個展

 三年おきに行い今回で五回目となる日本橋三越本店での個展。

安曇野に引っ越してから東京に行く事も少なくなり、訪れる用事が出来るとその短い期間に友人などと会う予定をとったりする。昔居た職場のジブリ美術館や知り合いの居るスタジオジブリなどにも遊びに行ったりして懐かしさを楽しんだりもする。

今度息子の通っていた併設保育園卒園生の同窓会の知らせが届いた。最近写真で見てお年を召したな、と感じた宮崎氏にも出来ればもう一度お会いしておきたいと思っていた。

ジブリ作品は自分の原体験であり、その後の関わりも自身のその先の方向性を決めたと言える。


時代はどんどん進んで自分も周りの状況もすたすたと変わっていくと感じる今日この頃。

それでも新しい挑戦は常にしたいと思っている。

2019年7月14日日曜日

アメリカ紀行(第三回)

兄夫婦の家に滞在しその間自分の家族の移動のためレンタカーを借りることとなった。
アメリカは広いため、何処に行くにもハイウェイに入って移動することが多い。ハイウェイでは車線変更をし忘れ目的の場所への出口を逃してしまうことがあった。ハイウェイと言っても有料では無い所が多いので戻るのもさほど難しくはなかった。

そして今回のアメリカではこれまで行ったことのない美術館を見て回る事もできた。
滞在地トレントンから車で2時間ほどのフィラデルフィア美術館は思いのほか巨大でメトロポリタンと並ぶ大きさであった。作品も有名作家の良い作品が揃っており見応えがあった。


またプリンストンは近い場所にあり大学構内にあるプリンストン大学美術館も大きさはさほどでは無いながら(それでも日本の西洋美術館位の大きさ)各時代の代表作家の良作品が多くあった。

プリンストン大学美術館にあるダヴィッド作「The Death of Socrates」の描きかけ(下描きか)の作品 133.0 x 196.0 cm
File:David and studio, Jacques-Louis, The Death of Socrates, after 1787.jpg


メトロポリタン美術館にあるダヴィッド作「The Death of Socrates」  129.5 cm × 196.2 cm
Picture


ブルックリン美術館は最後に行こうと思っていたが、その日が運悪く休館日であった。

次男は新しい世界が怖いのか人の多い所では中々自分で歩こうとしない。次第に腕の力がついてきた。

2018年8月30日木曜日

無言館

長野県上田市にある戦没画家の作品・遺品を展示されている場所。
訪れるのは二度目となる。
一度目は安曇野に引っ越す前、旅の途中偶然見つけて立ち寄った。

今回は個展直前で制作に余裕はあまりなかったが、ふと行こうと思った。
家族で行き、次男はまだ4歳で分からないと思うので妻と外で遊んでいることにし、長男と入った。
息子は全て理解することは難しいと思うが、感じるところはあったと思う。

2013年7月9日火曜日

ニューヨーク



ニューヨーク市はメトロポリタン美術館に行くことを目的にして滞在を取った。三泊するので中二日は午前中〜夕方近くまで、出ては入って・を繰り返していた。セントラルパークに面しているため、休む時は外の露店でホットドックなどを買い、公園で食べながら気分転換した。しかし日中は暑かった。
美術館は勿論全てをじっくり見るのは無理なので、目的の展示室を何度も回っていた。それだけでも十分見応えがあある大きさ。人の密度も日本に来るフェルメールの企画展などの時ほど無いので、好きなだけ時間を掛けて、近づいてじっくり見て考えることができた。写真も殆どの場所で撮れる。しかし中には殆ど実物を見ず、写真だけ撮って立ち去ってしまう人もいる。写真資料など今やインターネットなどで見られるのに、実物を見ようとしないのは何なのだろうと考えてしまう。

色々見過ぎて帰る頃には頭がフラフラになっていた。
今回、風景画そして人物画の魅力を再確認した。そして過去の巨匠達には「センス」があり、二番煎じでない自身の画風を皆展開していることも、並んだ所蔵品の数々を通して見て改めて感じた。

2011年6月28日火曜日

ロシア












初めて入る国。入国にはビザが必要な位なので、観光に力を入れていると言う感じは余り無かった。これまでの欧米諸国とはまた違った雰囲気のある国。
宿泊する宿へ中々辿り着けず、道ゆく人々に尋ねると、皆快く親切に説明してくれたのは印象的。時には、持っている携帯電話iphoneの地図で探してくれたりもしてくれた。
ロシア語は言葉も、文字もアルファベットでは無いので解らない。街中ではキリル文字しか無いので、地下鉄など乗る時は毎回ガイドブックを壁際で見てどうにか目的地へ辿り着いていた。

美術館は、プーシキン美術館のヨーロッパコレクションと、トレチャコフ美術館本館へ行った。プーシキンはコローの絵など多くあったが、それ程良いものは無い印象だった。
トレチャコフ美術館はロシア作家の絵。何故世界でそれ程有名にならないのだろうと思う程良い作品が多くあった。ロシア作家の描く自然風景の光の具合が、実際モスクワを歩いて見た景色から確かに納得出来た。
最後の締めとして良いものを見て勉強出来たので良かった。

ボルシチが美味しかった。

2010年9月23日木曜日

府中市美術館



先日東府中へ行く用事があったとき、丁度市の美術館で「バルビゾンからの贈りもの」という絵画展をやっていたので妻とついでに見に行った。
美術館はきれいで上野にある国立西洋美術館と同じくらいの広さがあった。府中市は競馬場や競艇場などがあるため予算があるのだろうと思った。帰りのホームで、競馬新聞を片手に電車を待つ勝負師の(敗れた)人達によってこうした施設が作られていくのか、と考えていた。

話を戻して、展示内容は所々にミレーやルノワールのなど風景があり、同時に日本人の当時の風景油彩が多く展示されていた。今の風景画家よりしっかりとした作品を描いていると思った。もちろん現在とその時代の絵描きの状況は全く違うと思うけれど、現在では殆ど失われている当時の西洋から受けた画風といえる様なものが感じられた。


日本の作家と、西洋の作家の作品が並べられて展示されているのを見たとき、その違いがあるということにも気づき面白かった。絵の表現は「言語」と同じような物だとおもった。それぞれの国や地域文化でイントネーション、抑揚やリズムが違うように絵もそれぞれで異なってくる。それがとても感じられた。
展示は11月23日まで。

2010年2月4日木曜日

マッキアイオーリ展

 
未だ行っていないが東京都庭園美術館と言うところで現在やっている。
最近美術館の展覧会情報など見ていなかったので、昨日本屋の美術雑誌を見てやっているのを初めて知った。マッキアイオーリ(Macchiaioli)は印象派時代より少し前に起こった風景の光を捉えて描こうと言うイタリアの画家達の総称。
自分は絵を始めて間もなくの頃にこの画家達の絵をを知り、風景画が好きになった。今でも影響は強い。これまで目にして来た日本の洋画家達が描く風景画とは異なる外光の感覚が画面に現れている。

普段はイタリアのフィレンツェにあるピッティ美術館に作品の殆どがあり、自分は訪れるたびに勉強のため見に行っていた。今回の庭園美術館はJR目黒駅から歩いて行けるようなのでこれは見逃さないようにしたいと思う。

2009年11月13日金曜日

美術館



今回は見て勉強するため美術館を回るのがメインだった。
ナショナルギャラリーは、コローの風景作品をよく見ることができた。
また、テートブリテンは今回の滞在で二度足を運んだ。人が少なかったのでこちらも一つ一つの作品をしっかり観察することが出来た。
ウォレス・コレクションは絵画こそ上の二つほど多くないが、有名作家の作品が多く展示されている。
こういった美術館に展示されている作品の質の高さは歴史を通して残されている作家のものなのでどれもとても高い。
しかし、歴史に埋もれた画家と言うのもいて、飛行機内でやっていたアート番組で出ていた〝Edward Seago”という風景画家の作品はよく、雲の表現が素晴らしかった。

イギリスへ

兄夫婦の赴任先ロンドンへ妻と行くことに。
イギリスは曇り空が多く、着いた初日だけ晴れていたがそれは珍しい様で、その後は雨曇りの繰り返し。
最 初に訪れたのは妻の希望でなぜか小さな動物農場。観光客など全くおらず、子供連れのお母さんだけだった。居たのはウサギ、アヒル、ニワトリ、そこで飼われ ている猫、、他ウシが数頭程度。一回目なのに何故か「二度目に訪れるロンドン」という本を読んで見つけた場所のようだ。




歩 いていると、足元に見慣れた草が生えていた。青シソのはだと思い、触ってニオイを確かめようと思いつまんだら激痛が走った。なんとシソだと思っていたのは このブログに以前も二度ほど出てきた「イラクサ」だった。イギリスロンドンにまで来て再びイラクサにやられるとは思わなかった。その日は一日痛かった。


チクチク指をしびれさせながらナショナルギャラリーを回った。

2009年8月18日火曜日

奈良井宿へ

先日嫁と深大寺高速バス停留所から乗り込んで、長野県の奈良井宿へ向かった。

(このバッタは草で作った「つくりもの」)

中山道の宿場町で自分の地元埼玉県上尾も中山道が通っていたので辿って行けば着ける筈。

標 高は1000m以上で涼しいが日差しが強いので日向は暑い。丁度盆明けで人の数もある程度落ち着いていた。もうここの学生たちは夏休みが終わり、新学期が 始まったらしい。「まあ夏休み後半になるとダレてくるので丁度このくらいでいいものではないか、静かだし。」と、自分がもし学生だったら決して思わいよう なことを考えてしまった。
ここの小学校は聞くところによると特徴的で、生徒数は全学年で100名程と少ないが、校舎は総ヒノキ造り。更に漆器の産地と言うことで給食の器は全て漆器らしい。
以前テレビで、お茶の産地の小学校の水道からお茶が出てくるのを見た事があった。
同じ中山道沿いの小学校でも地域それぞれ特色の違いがあるのだなと思った。

奈良井から一時間位離れた諏訪で青木敏郎の絵画展が開かれていたので立ち寄った。



途中、駅にはJRの看板と同じ形で足湯の看板があった。珍しさでこの暑いのに入って温まった。

帰りのバスはUターンラッシュの残り渋滞に巻き込まれて大幅に遅れた。
途 中、小仏トンネルを抜けた辺りで右側の暗い山々の間に一つ、賑やかに輝いている場所があった。多分高尾山ビアガーデンだと思う。今日もあんな所に沢山のひ とが集まり賑わっているのだろうな、と先日自分はそこに行ったばかりなのだが、今回は遠く離れた渋滞で動かないバスの窓から眺めながら、賑やかな光景を想 像して腹を減らせていた。