2008年7月28日月曜日

観光

明日フィレンツェ11時発の飛行機に乗って帰る。今日は最後に朝川辺の風景を描き、午後からは洗濯や荷造りなどをした。そして土産を買いに外出。授業も絵 を描きに行く事もなく、最後に手ぶらで自由に街中を観光することが出来た。市街は相変わらず観光客が多く、物売り、ハト、警察、大道芸人に物乞いの人等で あふれかえっていた。次回はもう少し静かな所に滞在したい。

2008年7月25日金曜日

学校で毎週一回行われている美術館見学の日。フィレンツェ市内にある計四つの美術館を美術に詳しい先生が案内してくれる。
最後の週はピッティ美術館であった。メディチ家の分館、といっても相当大きい宮廷。裏にあるボボリガーデン(これも広大)もチケットを買えば入れる。
説 明を受けた展示は大体17世紀以降から20世紀までのイタリア絵画。自分が好きなのはそこにある1850~1870年頃写実主義から印象派の間にある期 間、゛Macchiaioli゛と言われている画家たちの風景画である。対象の形は印象派のように崩してはなく、しかし外光をきれいに描いている。
案 内の途中、風が吹いている景色を描いた画があり、Joan(案内の人)が「イタリアは、すべての方角の風に名前がついている。 南西からの風は゛リベッ チョ゛、これはあまりいいことが起きない風といわれている。 ゛シェロッコ゛南のサハラ砂漠から吹く風」等‥。そこで、ピンと思いついた。以前働いていた 美術館の名前の事。゛ギブリ゛というのを知っているかを聞いてみた。
答えは「知らない。」であった。ちなみにイタリア語で意味は「サハラ砂漠に吹く熱風」と言うことだが、専門用語なのか、兎に角、他風景画、人物等沢山の作品を見る事ができた。


どこかで見たことのあるようなエンブレム

2008年7月24日木曜日

ポイズンアイビー


Poison ivy いわゆる毒草。生まれ育った国が違うのでイタリアの植物はどんなものか全く見当がつかない。珍しく変わった形や育ち方のものが多い。自分が好きなのは糸杉、ローマ松、オリーブ、白樺である。これらは時々画の中に入れる。
話 を戻して、写真の真ん中の草。これに触れたところ、刺すような痛みを感じ、数箇所が半日腫れてチクチクしており、筆を持つのも大変だった。絵を描くために 目の前の視界をさえぎる背の高い草を折ろうとしたためなのだが、無闇に知らない植物に手を出さないほうがいいと思い知らされた。

2008年7月19日土曜日

時間の変化の中で描くこと


授業がある平日は朝と夕に描いている。
風景画は時間の移ろいによる光の変化が大切で、もし一箇所だけにとらわれて描いていたら全体の光が変わってしまう。細部を細かく描くというより、写真では残せない全体の光の色を「カラースケッチ」として描いている。

昨日、丁度現在フィレンツェ市内の美術館でやっている古典から印象派絵画展を観に行った。
限 られた時間で色を作り、キャンバスに描いていく。実際に外光で描いていたコローやモネ、シスレーなどの光の印象の捉え方はすばらしい。モネはその場所に一 月後、時には一年後などに再び赴いて描いていたようだが、大きなキャンバスに特定の時間帯(特に朝夕は光が変わりやすく2、3時間が限度)の光を描くのは 大変なことである。また、常に天気が同じではないので、曇ったり晴れたり、暑さ寒さ、風、虫(特に蚊はつらい)等コンディションは様々。風景画はその場の 中で生まれる雰囲気や印象を残すことが大切なのだと思う。

授業では、実際の人物を描いている。モデルの人は慣れており、時間内にはほとん ど静止した姿勢を保ってくれている。自然光で描いているので、風景ほどではないが、これも時間の変化や、天候の変化で表情が変わる。そういう変化を丁寧に 追っていくと、質感というか実感がきれいに表すことが出来る。

2008年7月15日火曜日

絵を描いていると

写真だけの投稿になっていた。

先日風景を描いていると、近くの大きな家に住んでいる初老のおじいさんが見に来て、「後でコーヒーでも飲み にいらっしゃい」と声をかけてくれた。お言葉に甘えて、終わったあとその人の家にお邪魔してコーヒーをご馳走になりながらお話をした。父親は画家で、彼は もう引退したが大学の教授だったらしい。絵が好きらしく、家の壁には沢山の絵が飾られていて、いろいろ説明してくれた。有名無名関係なく好きな絵を飾って いる。一年の半分はフィレンツェで過ごして、半分はドイツで過ごすらしい。そんな生活もいい。



2008年7月10日木曜日

イタリアのひと

先週は田舎の風景を描いていたが、今週はFiesoleという山の上の町へ出かけて描いている。
フィレンツェもそこから一望出来る。街中で描いて いると、よくイタリアの人が見に来て話しかけられたりする。こちらが話るか話せないかは分からなくても気にせず話してくる。bello!〔じょうず〕と 言ってくれたらgrazzie!〔ありがとう〕と返事。昨日見に来た女性は自分が描いている風景の中の家の人で「あそこが私の家」と教えてくれた。
街自体がアート、装飾に囲まれているからか、こちらの人は絵描き芸術家一般に理解があるよう。以前街中で描いていたら近くの家の人がコップに水を持ってきてくれたこともあった。

2008年7月8日火曜日

La Autobus


朝の街中。

風景画⇔家⇔学校と毎日移動が多いのでバスの定期を使って移動している。が今日は午後からストライキ。日本と比べるとかなり多い様。
学校からの帰り、クラスの人達と割り勘でタクシーを呼ぶことになった。
しかし、待っても待っても来ない。結局歩いて帰ったほうが早かった。因みにイタリアの車は全てマニュアル。運転の仕方も日本とはまったく違いスポーティという感じ。携帯電話は普通に使いながら運転しているが、みんな運転が上手くよそ見していてもよけたり止まったりする。
バスの運転手ですら電話しながら走っている。日本と同じ感覚でいてはまいってしまう。

2008年7月3日木曜日

パソコンから

街の所々にあるインタ-ネットスペースでパソコンが使える。日本語を使えるように設定して更新。
こちらに来て三日目、時差ぼけも治りかけてきた気がする。午前中は風景午後は学校というペースでやっている。

ここは百年単位での歴史があるので一年、二年では景色も殆ど変わっていない。昔からある場所に自分の生まれるずっと前から、この先もずっと残っていくのだろう。面白いのは、其処が生活の場所で、世界遺産の街の中で人々が生活しているということ。

それにしても暑い。厚手のバスタオルも夜部屋に干せば朝には乾いている。蚊も多い。イタリアで買った蚊よけのクリームを塗って絵を描いていたらその上から蚊が気にせずに止まってきた。