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2022年7月9日土曜日

帰国

 その後シエナを後にし、フィレンツェ経由でパリへと飛び、乗り継いでトゥールーズへと移動する。

フィレンツェでは時間があったので駅の荷物預かり所へ旅の荷物を預けて街を散策。

 

コロナ後(まだ最中でもある)のフィレンツェは変わらず観光客に溢れていた。ヨーロッパの国々に共通しているのだが皆ほぼマスクはしていない。

数年ぶりにPalazzo Pittiの美術館へ。 



まだ時間があったので、少し足をのばしてミケランジェロ広場へ。

今回は熱波の影響で兎に角暑い。

20代の頃から幾度もこの街を訪れてきた。自分自身の状況はその度に異なっていて、そこから感じられる物もいつも違っていた。今回40台になり、東京から長野に移住しコロナの世界的な変化を経験してからの再訪。全く異なった感覚で街を眺め歩いていた。

ミケランジェロ広場からは変わらず数百年の歴史を経て存在している街並みを臨む景色が広がっていた。

 
 
 
 

2022年6月30日木曜日

パリオ

 期せずして丁度自分の滞在はシエナの一大イベントの「パリオ」の時期に重なった。世界一美しいとされるシエナ中心のカンポ広場で行われ、十数の地区(コントラーダ)対抗で競う競馬大会である。

その熱狂は凄いもので、今日見たプレマッチでさえもカンポ広場は人々の熱気と応援歌で満たされている。


喧騒を離れて公園から時折ここにまで聞こえる応援歌や太鼓の聞こえる街を眺めて描いていた。



2022年6月26日日曜日

無人駅

 シエナ駅にあるレンタカーオフィスに向かうため宿泊地近くの無人駅駅へ。タバッキ(切符も売っているキヨスクのようなもの)でチケット2.6€で購入し駅へと向かう。田舎の無人駅でシエナ方面の表示も無い。線路を渡ってくるおじさんにシエナへはどっち側か尋ねたところ「1番線だよ」との事でそちら側で待つ。

安心していた所、到着時刻に反対側2番線へ一車輌の電車が到着。その目線の先にさっきまで気付かなかった小さな電光掲示板に“SIENA 2”との表示。こちら側に来る気配がなかったため見送りの子どもを抱いた男の人に聞くと、「この電車だ」と言う。

焦ってそちら側に行きどうにかセーフ。


2022年6月23日木曜日

出国

午後の便の成田空港発アブダビ経由ローマ行き。

出国ロビーはガラガラで、ただただ最新のセキュリティ巡回ロボットがフロアを徘徊しているのが目に付いた。ヨーロッパの国々も次第に規制を撤廃し観光客の受け入れを再開し始めており、日本それに倣ってもう少しで賑わいを取り戻すだろう。

事前に送った大きい荷物を受け取るカウンターは終了されており、「1階到着ロビーの発送カウンターへ行って」との張り紙。 出発を見送る人達と、到着を待つ人達とをそれぞれの階で横目で見つつ通り過ぎ、荷物を取りに行った。4階出国と1階帰国の僅かな距離で人々の心境は全く違うのだろうなと思いを巡らせていた。

2022年6月21日火曜日

伊・仏紀行

 先々週の広島三越の個展が終了して、明後日より一か月ほどイタリア・フランスに制作に行く。

コロナは両国ともに規制を緩和しているが、情報を見ると両国の国柄が分かる気がする。 

フランスは「マスクをしなくていいから離れなさい。」

イタリアは「マスクをして近くで話そう。外だったらどっちも要らないよ。」


 
アメリカも先日入国の際のPCR検査を滞在先で受ける陰性証明書の提出が無くなったらしい。日本は未だ実施していて、このままだと来月の帰国の際、フランスの空港で一万円以上のPCRを受けなければならない。帰国する頃にはどうなっているだろうか。
 
今回は世界が大きな変化を経験した(している)ので、これまでの滞在とは気持ちが異なっている。
5年ぶりという事もあるが、身体を通して経験し絵を描いてこようと思う。

 

2017年5月28日日曜日

サンタマッダレナ


ベニスからカレッツァ、そして此方へ来てそろそろ一週間になる。北イタリアは良い景色を巡れるハイキングコースが沢山ある。が、絵描きにとっては移動するために毎日登ったり降りたりを繰り返す事になるのがきついところ。
見渡す限りの牧草地の丘と青い山々が壮観である。


2017年5月15日月曜日

カレッツァ

第二の滞在地はカレッツァ。北イタリアにある泉で有名。水位はまだ低かったが険しい雪山に囲まれた深い青色の泉が印象的であった。その他にも牧草地から良い眺めがあるところが多く、トレッキングコースもある。


2017年5月14日日曜日

ブラーノ島

現在ベネチアに一週間の滞在中。水上バスで30分程にあるブラーノ島は色とりどりに塗られた家々で構成されている島。初めは余りの色の多さと幅に困惑してしまったが慣れてくると雰囲気の良い島である。特に夕方辺り、観光客が船で帰ってしまい賑わいが引いてくる頃になると、住民が街に出て来ておしゃべりをしたりしている姿があったりして生活感が出てくる。

絵の方はやはり色数が多いので描くのにとても時間がかかる。ここは一週間では描き切れないので再び訪れようと思った。




2017年1月8日日曜日

近作など


2017年、明けましておめでとうございます。


今年は個展に加え、自宅・アトリエの引越しの予定。

絵を主として活動を始めてからこれまで、屋外以外での制作は自宅の一室で行っていた。
しかし、年数を重ねるごとに道具が増え、更に子ども達も大きくなってきた為、徐々こにれ以上このスペースで制作することが難しいと感じて来ていた。
自分としては少し遅すぎたのかもしれないが、ようやく広い制作場所を持てる事になった。絵画関連の道具で家族に気を付けてもらうこともなく、家は家ではっきり切り替えて生活することが出来る。その点は作家によって様々だと思うが。

現在設計士の方に依頼した家の図面がほぼ決まり、基礎工事もほぼ終え、5月末の完成へと言う段階。(長野県は冬期は工事中断となる。)

家づくりは興味深く、踏み込めば踏み込むほど限りがない。「すべて任せる」と言えてしまえば楽なのだが、自分たちのこれまでの生活の反動?であれこれと理想や注文が湧いてきてしまう。
三谷幸喜の「みんなのいえ」を観て前とは異なった視点で楽しんでいる自分に気がついた。



下は昨年イタリアで描いた作品数点。今年は北方面に行きたい。





2016年5月29日日曜日

近況

トスカーナ地方を廻っている。
ここで風景画に初めて触れ、マッキアイオーリという過去の画家達に触発もされた自分の原点とも言える場所。今回はこれまで訪れた場所に再び赴いて描いてみることもしてみた。
それで感じた事は、数年前と比べある部分で成長したかもしれないが、ある部分は消えていっているという事。いい事か悪い事か分からないがこうして自分の絵画というのが出来て行くのではないかなと思った。

まだ5月ではあっても日差しを浴びるとたちまち体の水分が抜けていく。

2015年7月3日金曜日

作品

個展も終了し、制作以外の身の周り事を色々と行っているこの頃。
作品写真を幾つか載せようと思う。

シチリア、

  日本












2015年6月4日木曜日

街並み

制作の後、映画の撮影場所を探しなどしてみようと街を散策。
歩いている人に道を尋ねると「広場で絵を描いていたな?」と言われる。そして気軽にそこまで一緒に案内してくれた。
元々広場で人目につくところで描いていた為、沢山の人が見に来ては話しかけられたりしていた。翌日にも皆絵の進捗を覗きに来る。街の人全員に知れ渡ったのでは無いか思う程街の人々の情報伝達が早く感じる。

街はインフォメーションだけが映画の案内をしていて、その他は土産屋など何も無い。映画におもねらないこの潔さが逆に魅力を感じる。それ故か、描きながら広場を観察していると、人々は通りかかった知り合いに声を掛けたり、そこかしこで集まって話をしていたり、ベンチで寝ていたり、噴水の水を飲みに来たり・・そして時々自分の絵を見に来たり、と1日を只々急がずのんびり過ごしている様に感じる



下は映画の俯瞰のシーン。自分は噴水の正面(画面下側)から描いている。左にある映画館の建物は無くなっている。

2015年6月2日火曜日

Palazzo Adriano

シチリアの地方では幹線道路を外れると急に田舎になる。一応県道のような所を走っていた時、羊が道路を塞いでいるのに出くわしたのは驚いた。



最終目的地はパラッツオ・アドリアーノ。ニューシネマパラダイスの舞台となったとても小さな街である。
宿はそこを抜けた少し先にあり、ここには3日間だけ滞在することにしている。

車でひたすら山と畑しかない道を走りようやく村に近づいて来て、先ずは宿に行くつもりだったのだが、予期せずいきなり映画のメインの広場を車で抜けることになってしまい、「お・お・お、、」と心の準備なく映画のスポットを走り抜けながら全て見て通り去ってしまった。

明日改めて歩きながら見ようと思う。

2015年5月21日木曜日

エトナ山を臨む場所

タオルミナのギリシア劇場。有名な場所で昔から絵にされてきている。
時代は変わり、木が生い茂ったり、其処に舞台装置が設置されたり、入場料8Euroなどがかかったりしているが、その場所から見えるの山や海岸線の形、劇場の建物は昔の100~200年前の絵と殆ど変わっていなかった。紀元前~現在という感覚であれば200年前という時間もまた短いものである。

昔の画家もここに立って描いていたのかと思いを馳せながら、そして沢山の観光客の視線を背中に受けつつ描いている。

写真の下二つの絵は昔の画家のもの。



2015年5月19日火曜日

騒動

タオルミナへ移動。あるアパートを2週間近く借りる事にしていた。そしてその日の夜ベッドで予定を立てたり調べ物などしていると、白いシーツの上に小さな黒い点がピッと跳んでまた落ちたのが見えた。最初は何だか分らず、つまんで見ると赤茶色の胡麻の様な生き物が再び指から跳ねた。

実際に見るのは初めてであったが「これは蚤だ!」と直感した。跳ねて逃げ回るそれを必死で捕まえた。
恐怖が芽生えベッドを見回すと、シーツの縁からもう一匹登ってくる奴も発見。
夜遅いのでアパートの持ち主には連絡が取れずメールで言付けだけはしておいた。
その日の夜は明かりを点けながら全身の神経を張り巡らせて横になっている様な状態で過ごし、殆ど眠る事は出来なかった。

翌朝直ぐに宿主が来て、その人が持っている別の新しいプール付きの滞在施設に移る事にした。

最初の所は古めのアパートで、恐らく以前の宿泊者が持ち込んだものが卵を生み孵化したのだろう。蚤は蛹の状態で1年近く生存出来、人の気配(振動など)を感じると直ぐに出てくるらしい。そして蚊と同じ様に二酸化炭素や体温を感知して近ずいてくる様だ。血を吸われると相当痒いらしいく、感染症の恐れもあるらしい。自分は幸運にも刺されることは無かった。

この騒動で蚤につての知識を深める事になった。


先日のzeccheに続き今回の旅は吸血生物に関わる事が多い。因みにイタリア語では蚤をpluciと言う。

2015年5月16日土曜日

コリュンベトラ庭園にて

アグリジェントの神殿群内にコリュンベトラ庭園という所がある。高台の中の窪地となっている場所で、古代には水場とされていたらしい。現在は様々な植物が植えられた植物園となっている。
描くために何度か通っていたらそこの入り口のスタッフと知り合いになり、自分の絵をウェブで見て貰うととても気にってくれいた。
あくる日、園内のスタッフが結構自分の事を知っており、描いていると 「タクミ?」と声をかけられる。通りかかった遺跡の館長やアグリジェント市長などの一行で、それぞれに紹介され挨拶されてしまった。彼らの中では"famous artist in Japan"という事になっているらしい。

自分も以前美術館にスタッフとして働いた事があったが、ここまでの気さくさと、親切さは日本では出来ないと思った。

2015年5月13日水曜日

神殿

コンコルディア神殿(B.C.500年半)が見える場所で制作。
ここはアーモンド畑で2月頃にはアーモンドの木々には桜のように花が咲く。そんな景色もまた見てみたいと思った。
シチリアにギリシアの雰囲気が多くあるのは昔人々がギリシアから移住して来て作り上げられたからのようだ。

2015年5月10日日曜日

アグリジェント

一つ訂正でホームページの最初にある新宿小田急の個展の日程が6/10〜ではなく、6/17〜6/23であった。イタリアからでは直せないので訂正のお知らせだけとなってしまう。

シチリアは晴天が多く日中は真夏のように日が降り注ぐ。五月初旬でこれでは夏は一体どれほどなのか想像もつかない。

アグリジェント、「神殿の谷」での写真。もう少し緑が残っていると良いのだが、シチリアらしさはある。

2015年5月8日金曜日

ローマ空港にて

今年も南イタリアのシチリア島で描く為に移動中。

現在ローマ空港で少しだけ足止めとなっている。と言うのは空港到着後、何故か乗り継ぎが閉鎖されていて一度空港の外に出なければいけなかった。
日本のニュースでも出ているようにターミナル1で火事があり、飛行機は1時間程遅れとなり空港は混雑している。

こちらとしては無事に着けば問題ないと思っている。

2014年5月22日木曜日

Lago Blu

写真を偶然見かけて惚れ込んでいた景色。前からどうしても行って見てみたかった場所だった。今回の北イタリア滞在もここを見ることがメインの目的だった。
標高が高いことから木々はまだ新芽の状態だったが泉は青くとても深く透き通っていた。この写真では見えないが、晴れた日にはこの奥にマッターホルンを望むことが出来る。まだシーズンで無いのでほとんど人影が無く、居るのは自分と池に泳いでいるイワナの様な魚達だけだった。